shell日記

Pearl&strings

生きる 生かす

 

 

父が、

「死に金じゃなくて、生きたお金をつかいたい」

と言っていたのは・・・

きっと、

価値を感じられないお金の使い方をしていると、

父自身が感じていたからなんだろう・・・。

 

 

今日デパートに向かう電車の中で、

流れてゆく窓の外の空やビルをみながら、

そんなことを思っていた。

 

 

 

備後あこう浪士様のブログで拝見した、

福山自動車時計博物館http://www.facm.net/の館長さんの楽しいエピソードから、

生きるとは、

(ただ生きるためだけに、ほとんどの時間は費やされてしまうものだけれどその残りの)

限られた時間とお金と労力とをどこにかけるか?ということだろう と思いました。

今日一日 そんなことをずっと思っていた。

自分が好きだったり、価値があると信じるところに、

出来るだけの時間(やお金)をつかって生きればいいんだと思う。

規模の大きさや分野やレベルは関係なくて、

自分自身の好きなところに心の向いた、その方向なんだと思いました。

 

それが結果として、

人々によろこばれることも ある。

(べつに誰もよろこばなくても自分が幸せならそれでいいんだと思っている)

 

 

 

父の言った「死に金」という、心に引っかかっていた言葉と、

(父はサラリーマンでしたし一般庶民ですが)

その館長さんの生き方とが光と影になって、

電車の中でずっと心の中に縞をつくって流れていた。

 

 

 

一度廃車にされ放擲されていた古く価値のある自動車を全面レストレーション(修理ということですね?)を施して、

ナンバープレートを取得できる可動状態にまで復帰させているそうです。

これは余程の情熱がなければ出来ないこと!

役目を終えた古典消防車などもコレクションにあるそうです。

また、

建設現場から出てきたお城の古い石垣に費用を出してお寺に移設したり、

切られてしまうことになった街路樹に、費用と手間をかけて移設して生かしたり。(←わたしはこのお話しが心に残りました。あまり興味はないのでは?と思われる樹木にも思いやりの心を向けてくださって素敵です。)

 

良いと感じるもの、この世に残したいものに、思い切って費用と手間をかける館長さんの生き方を、

とても清々しく思いました。

 

わたしはお金持ちには、(ケチで冷酷な人が多くて)

あまり気持ちのいい人はいないと思っていましたけれど・・。

そうでもないんですね。

 

 

成れの果てが福山自動車時計博物館ということですから、個人のこだわりが行くところまで行きつくと人様の潤いとなってまいります。

 

<備後あこう浪士様の言葉です> 館長さんご友人だそうです。

 

福山市のお隣の、笠岡市の取り壊される古い家屋を頂いて、

昔ながらの手順と工法とで丁寧に家屋を再現して生かして、

博物館の新館が出来上がったそうです。

古い上質な素材がゴミの様に廃棄されるのは心の痛むものですが、

こうして大切にあつかわれ、丁寧に復元され生かされるのは、

なんとも気持ちのよいものですね。

 

わたしは車を見てもどう感じたらいいのかよくわからなさそうだけれど・・

古い時計とイギリスの木馬をみてみたい*

なつかしいボンボン時計がたくさんあるみたい。

 

 

 

心に残る言葉。

心に残る人の生き方。

 

 

 

忘れないでいたい・・・ 

今日の一日も おかげさまで無事です。