足元

 

父が来て、一緒にお昼をたべてお喋りをして、

夕方帰りました。

 

「楽しい時間を過ごすことができてよかったです」

「ありがとうございました」

と、

別れ際にも、

帰宅したあとの電話でも言うんですね・・

 

それが奇妙に他人行儀で、

父のわたしに向けた言葉としては変で、

父がもうこの世とお別れする時のような表現に思えて、

とても気持ちが悪かった。

 

少し風邪気味だったこともあるのか、

また、

今朝の洗濯機のボタン操作がうまくいかなくてガックリ疲れたことや、

数日前に、

介護事務所の社長のところに碁を打ちに行ってみたら、

社長は講義中だったそうで、

事務所におられた、

母もお世話になった、よく知っている介護士さんが、

 

「父貝さん、いま倒れても入るとこありませんよ」

「いまお部屋は全部いっぱいですから・・・空室ないです」

 

と、おっしゃったのだそうで・・・

その言い方が(もともと愛想のいい方ではないそうで)

つっけんどんで、父は気分が悪かったみたい。

その話しに、わたしは可笑しくて笑っちゃったんだけれど・・

「あんな言い方せんでもよさそうに・・失礼な!」

「こっちはまだそんな状態でもありゃせんのに」

と、昨日も憤慨していたんです。

なんだか疲れと、いろんなことが重なったんだと思う。

いつもの父とはちがっていた。

 

わたしは、父の友人(介護事務所の社長)のところに、

父に何かあったらいつでも入れてもらえるものと、

そのことが頼りでいたので、

その話に戦慄した!

おそろしい・・・

 

「どーするの?パパ??」と言ったら、

「いやそりゃ、社長がなんとかしてくれるよ」と。

(だって・・「入るとこないです」って言ってるじゃないのよ)

「いざとなったらお金を払えばどこだって入院させてくれるよ」

と。

そんなに甘い考えでいいのかな?

 

 

父は今朝はかなり沈んで、鬱気味だったと言います。

家に一人で住まうことの、家事のしんどさ、

話相手のいない寂しさに、

「もうなんか 生きることに疲れてね・・・」

「もういいんじゃないかな、という気持ちになった」

と言う父でした。

 

毎日、わたしが家事の手伝いに通うことは、

今のわたしには、どう考えても無理で、

考えられる解決策は、5通り。

父のマンションは犬を飼うことができませんから、父にここに来てもらうことも含めて。

 

それも、

わたしが決めるわけにはいかないから、

父が決断するよりほかない。

 

 

生きていれば、気分が沈むことはあると思う。

高齢になって一人で暮らすことは、不安がいっぱいなんだと思う。

つらいと言いますけれど・・・

それでもこの一人暮らしは、父自身の希望なんです。

同居の窮屈さよりは、

一人の気楽さを大切にしたいと思っているからこその「一人」。

 

わたしも心配ではあるけれども、

離れて過ごす父の感情や、身体的な状態に、

100%の心を向けつづけることは、難しいんです。

忘れることはないですけれど・・・

わたしもこの毎日に、かなり疲れてきている。

 

 

わたしはまず、

わたしの足元を自分で支えなければならない。

物理的にも精神的にも。

自分で自分を支えられない人に、

誰かを支えることなんて、できない。

 

父の感情に同調して流されるのではなくて、

冷静に受けとめなければならないと思う。

どんな時にも 冷静でなければ。

 

明日の父が

元気になっていますように。