shell日記

Pearl&strings

一年が始まった*

 

動悸がして、

眠れない日がつづいていて、

頭痛はひどいし怠いしで・・・どうなるか?と思いましたけれど、

きょうの用事が何とか無事済んだ。

一年がはじまりました。

 

父にも会って、(タクシーで歯医者さんに迎えに来てた)食事をして、

(お肉とパエリアとサラダ、クリームあん蜜を食べた)

父はとてもうれしそうにしていました。

わたしはあまり無理に作るでもなく、穏やかに話ができました。

そのことを、自分でも良かったと思う。

 

それから父のマンションによって、

父が年末に一生懸命えらんで買ったという、グズマニア(パイナップル科の観葉植物)をみて、

「まあ・・・きれいじゃないの!」と感想を述べ、(確かに綺麗でした)

お仏壇にお線香をあげて、「ママあけましておめでとう」と言い・・・

軽くお掃除をしてきました。

 

父は部屋を前よりもスッキリと物を片付けていて、

誰か来ても碁をすぐに打てるようにと、和室の椅子とテーブルに碁盤を出していた。

食卓の上の勢いのいいグズマニアを気に入っている様で、

元気をもらっていると言います。

よかったと思う。

 

一人の時間を、TVの音が鳴っているにしても、

延々と黙ってこの場所で生きる父を想像すると、

ワンちゃんもなにもいないのですからね・・・

やはり苦しくなるのです。

父も「気が狂いそうになる」といいます。

「パパお菓子を買って、誰でも来てもらってお話すればいいじゃないの?」というのですが、

「誰でもいいというわけにはいかん」と言うのです。

わたしだって父と趣味なんかまったく合わないのに、話をしてるじゃないのよね?

 

では、

同居すれば幸せか?というと、

それも違うんですね・・・

こんどは「窮屈」という苦痛を背負い込まなければならない。

父も、「気楽さ」というものは、手放したくないんです。

 

 

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今年も胡蝶蘭の花芽が伸びてきています。茎を切ったあと花瓶に生けられるように今年は支柱を立ててみました*

 

 

「孤独」も「窮屈」もどちらにしても苦しい。

気楽に行き来できて、雑談のできるお友達はとても大切だとあらためて思います。

男の人はほとんど仕事か接待かで生きてきているから、

ゴルフとかお酒をやめてしまうとお喋りする友達って、いないんですね?

碁会所で、だれか気の合うお友達ができればいいなと思います。

 

父が自分で生活できる間、

どうにもならない苦しい時間を、

しばらくは、わたしも持ち堪えなければ仕方ない。

わかっていても、苦しい。

 

わたしが、あまり体力的に出ていけないし、

迎えるにしても限界があるので・・・ダウンしてしまう。

その

思うように動けないジレンマ。