いつかみんないなくなる

 

すべての人がそうなんだと思う。

いつまでも生きているわけではないし・・・

 

消えてしまったブログの人のことも・・

この世からいなくなったわけではないにしても、

わたしの世界から消えたのなら、

それは消えてしまったのと同じこと。

 

「さびしい」と

言わないほうがいいと思うけれど・・

さびしいことは、さびしい。

 

消える自由があるから、

ブログは気楽でいいのだと思っている。

わたしだって、

「ここまで」と思った時には

べつに誰にことわりをいうつもりもなくて、

ポンと消してしまうつもりで書いています。

 

 

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父が電話で、

何度も確認した来週の予定のことを、また確認する。

直近の記憶が消えてしまいやすいのだと思う。

カレンダーに書いているはずなので、

大丈夫ではあるのですが・・・・。

 

それが とても不安で

さびしいとうか・・・苦しい。

 

このまま父が一人で暮らしていいものか?迷う。

お手伝いさんに来てもらいたくない父の気持ちも理解できた。

なかなか人を家に入れるのはストレスなものだと思う。

父のマンションは犬を連れて入ることができないので、

リディたちを連れて泊まりに行くことができない。

わたしは、通うしかないんです。

毎日通うような体力は今のわたしにありません。

 

また父がここに泊まるのは、

窮屈だろうと思う。

 

「タクシーでいつでも来ていいから」と

伝えてはいるけれど・・・

常識的な時間帯に父は拘るだろうと思う。

 

 

なかなか 苦しいところ。

 

今年の漢字

わたしは・・・

「堪」です。

分厚い重さを 持ち堪える。

 

 

 

Henri Matisse (1869-1954) Still Life. Bouquet and Compotier (Nature morte_ bouquet et compotier), 1924 Dallas Museum of Art

アンリ・マティスピンタレスト画像より>

 

 

同じ花ばかり買っています。

オリエンタルリリーか、テッポウユリ

白ばかり。

テッポウユリの青い香りのほうが好きかもしれない。

それからたまに白い百合とあわせてグロリオサ

ほかの花を買っては?と思うけれど・・・

 

 

そういえば・・・

クリスマスローズがなくなってしまったのはさびしい。

クリスマスローズはずっしり存在感があっていい。

また植えようかな・・・?