shell日記

Pearl&strings

薔薇と痛み

 

わたしの薔薇を育てた記憶は

痛みと喪失の連続。

まだ二度目ではあるけれども・・・

けっこうつらい。

 

修繕工事から鉢を出してもよいとのお知らせがあって

室内に入れていたすべてのテラコッタ鉢を

ベランダに出しました。

ほとんどの薔薇はダメになりました。

「アルバ・セミ・プレナ」

「オノリーヌ・ド・ブラバン

「デュセス・ダングレ―ム」

「ニフェトス」

「ニューイマジン」

が、生き残りました。

 

・・・と言っても、

十数センチの緑色の根元の茎があるだけで、

花を咲かせるまでに回復するには、

相当年数がかかるのではないかしら?

すべて処分して注文し直すことになるかもしれません。

抜かれたたくさんの、生気を失った薔薇苗の根っこや、

土だけになった鉢を見ていると、

胸の奥まで痛みが突き刺さってくる。

からだが震えるような

ガラガラと崩れ落ちてしまいそうな気持ち。

 

 

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今のわたしは、

父のことが心の中の多くを占めていて、

(去年亡くなってしまっていたかもしれない)

気も張っているし

薔薇の痛みは薄まっているから・・・

それで、たすかっているかもしれません。

「巻きずしはさっぱりして美味しかった*」と言っていました。

父からは、

なんだかいま一つ気力が感じられない。

いろんなことが一段落して、気が抜けた状態なのかも。

それでも、

あと十年生きる希望は持ちつづけている様です。

人生の最後に話が出来るようになったことを

喜んでくれているのがわかる。

わたしも父が生きていて、本当によかったと思う。

大変なことは、

まとめてどっさり来るんですね。

 

 

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さすがにつかれて、

きょうはどうにも動けませんでしたけれど、

夜になってリディとグレを連れて、

カエルのコンサート会場(お散歩コース)に行きました。

アパートの丸いたくさんのオレンジ色のライトや

夜空を映している、

まだ短い稲のそよそよとしている水田や、

空高くいっぱいに昇ってゆくカエルの声や、

少し湿った空気。

この季節のわたしの好きな場所です。

リディとグレもカエルの声を楽しんでいるだろうか?

帰りは藤棚の公園を通りました。

少し前の時間には、

ベンチの横にあさこ様の車椅子があったかもしれない。

リディとグレが車椅子に乗せてもらって、

八十八歳のあさこ様が押して、

一緒に歩いた道を通って帰りました。

 

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久しぶりに姫野ばら園の薔薇カタログを

熱心に眺めた夜。

薔薇はまた 一からやり直し。

三年後のわたしは 如何なっているだろうか・・・

リディとグレはどうだろうか・・・・

父は 元気でいるだろうか。