shell日記

Pearl&strings

妥 おだやか

 

 

距離感の 折り合い。

 

人間関係はお互いの折り合いのつく点に、

その接点が保たれるようなものかもしれない。

実際の気持ちとは離れたところに、

その点は ある。

 

感覚的に共有できるところがあるかどうか よりも、

その距離感の折り合いがつくかどうかに、

関係のある無しが握られているのではないか?

相手に求める距離というのは個人的なもので、

それが言葉にして表現されることはおそらくなくて、

同じ人に対してでも、

時間によって、

求める距離は変わってくる。(わたしの場合)

 

 

とても心魅かれて、

おそろしくて、

つながりを持てないままの人もいる。

その人は直接の会話をもたないまま、ずっと心に住んでいます。

 

 

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お互いに無関心であれば、

その関係は断ち切られることも ないんだと思う。

だから、

長くつづくことそのものに価値がある とも、

思わない。

※ 長くつづいて価値のある関係もあります。

 

 

 

共存するために必要なことは、まず

「無関心であること」だろうと、

以前から思っていたのですが、

やっぱりそうかな?・・・と 思ってみた。

あまり感覚的に共有できる要素のない人ばかりが

まわりに残りつづけるのも

残念なことだろう・・・。

 

 

わたしはべつに、こうしたインターネットの環境で、

「誰かと共存したい」とは 思わない。

人間関係を、積み固めるように築きたいとも、

思っていないのです。

繋がれて固定された関係は 息苦しくなる。

そうでなくても毎日が息苦しいのだから・・・。

 

 

言葉が欲しいだけです。

 

誰にでもつかえる 当たり障りのない言葉ではなくて、

きちんと角のある、

生きた言葉がききたい。